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2011.02.27

お蔵出し写真〜<廃墟>

廃墟の写真。一目見てどこか分かる人はいけない人です。でもこれは保存の為に手が入った後に撮ったもの。それ以前はここも荒れ放題でした。

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2011.02.25

1988年の海炭市。

『海炭市叙景』が出版されたのが1991年。作者の佐藤泰志が自殺したのが1990年。この写真は1988年の函館(海炭市)。当時、佐藤泰志は東京に住んでいたようだが、彼が想像したかもしれない函館の風景。

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2011.02.23

『海炭市叙景』公開を祝して昔の函館の写真を。

『海炭市叙景』の公開を勝手に祝して、(多分)1988年夏に函館(海炭市)に旅行した時の写真を。まずは遠方から海炭ドックを臨む。

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これは多分青函連絡船の船上から望遠で撮った海炭ドックの写真。かなり眠い感じ。

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再び旧文芸坐の写真。

旧文芸坐の写真。いつ頃だろう?「ビデオをぶっ飛ばせ!500円均一フェア第5弾」。1989年頃?
先日アップした閉館後の写真と比べると歳月の経過が看板の汚れとかに現れている気がする。あと消火栓ポールの広告が変わってる。

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2011.02.20

旧文芸坐の写真が出てきて記憶を掘り起こす。

旧文芸坐の写真が出てきたので記憶を掘り起こしてみた。

プリントした写真は時折アルバムをめくったりして見ることがあるが、ポジで撮った写真はほとんどプリントしてないので滅多に見ることがない。久々に必要にかられて眺めていたら旧文芸坐の写真が出てきた。多分閉館した後の写真だと思うから、服装からして1997年の暮れ頃だろうか。

上京してきて一年間は東久留米の寮に住み池袋の予備校に通っていたので、文芸坐には時々行っていた。大学に入ってからは池袋は遠くなったので滅多には行かなくなった。それでも文芸坐が強く心に残っているのは大学時代の友人が働いていたからだ。

彼は一旦は一般企業に就職したものの映画のことが忘れられず、たまたま文芸坐の求人広告を見てしまったばかりに、その会社を退職して文芸坐に入社したのだった。しねぶてぃっくの店長もやっていた。たまに遊びにいって招待券をもらったこともあった。他の映画館の招待券なんかももらった。俺は卒業後は就職せず芝居をやっていたこともあり、ル・ピリエで公演もやらせてもらった。

ほんとに彼は映画が好きだった。当時ほとんど邦画を観ることがなかった俺が邦画を観るようになったのも彼の影響だ。どんなにつまらない映画も「映画」である限り「好き」なのだった。そして仲間を集めて『ジャッピー!』を創刊したのだ。で、俺も暫く原稿を書かせてもらったりしてた。

しかし文芸坐が閉館することが決まった。彼の失意はどんなだったろうか。確か閉館する前に退職したはずだ。閉館の日、俺も池袋にいたと思う。友達と飲んでたような気がする。あえて最終上映には行かなかった。

この写真は多分池袋で忘年会をやった帰りに撮ったものだろう。(写真は多少脚色してあります)

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しねぶてぃっくのアップ。

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ル・ピリエの写真。芝居した時の写真だと思うから1989年9月か。(写真は多少脚色してあります)

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